古代ローマの属州と経営共和制の考察(後編)
アカデメイアの十五です。
アカデメイアでは社員が経営の主体となる「経営共和制」への移行を目指しており、その一環として古代ローマの属州を参考にした「属州制」の導入を試みています。
属州の歴史を紐解くと、属州民の搾取や属州総督への権力集中がローマ共和政崩壊の一因となるなど、経営共和制を考える上ではネガティブにはたらくと思われる要素もあります。しかし同時にポジティブな要素、たとえば属州で生産された穀物がローマ人の暮らしを支えてきたこと、様々な民族をローマの法律や文化の下で一つにまとめたこと、中央の政治に左右されない自律性、なによりも後世パクス・ロマーナと呼ばれることになる安定の基礎となったこともあり、経営共和制の制度設計を行う上で大いに参考になるのではないかと考えています。
前編では主にローマにおける属州の歴史について書きましたが、後編では経営共和制における属州制について考察します。
何をもって属州とするか
ローマと属州はイタリア半島の内か外かという地理的なもので区分されていましたが、経営に属州制を導入する場合にはこうした物理的な区分ができません。したがって、まずはじめに何をもって属州と位置づけるか、属州の基準について考える必要があります。
基準の一つは「自律」です。アカデメイアは物理、数学、化学など様々なバックグラウンドを持つメンバーによって構成されていますが、こうしたバックグラウンドに加えてよく使う技術やプログラミング言語など一定の傾向によってある程度のカテゴリ分けをすることができます。このようなカテゴリ分けをベースにしながら、興味や志向性など自分と近い価値観の人たちとの緩やかなまとまりが形成されていきます。そしてコミュニケーションや議論を通じて自分たちは今後どのような技術やノウハウを蓄積し、どんな人達とどんな仕事をやっていきたいか等の共通の軸が明確となることで、次第に自分たちのことは自分たちで決定して進んでいきたいという「自律」の意志が生まれます。属州を考える上では自分たちのことは自らの責任において自分たちで決定するという自律の意志が必須であると考えます。
もう一つの基準は「自立」です。属州制を企業活動の一部として位置づける以上、属州では事業を続けていくために必要な収益をあげる必要があります。収益は自分たちの人件費や外注費といった支出を上回る売上をあげれば確保できるので、属州とはその活動を通じて自立、つまり独立採算を目指す集団ということになります。
アカデメイアではこのように「自律」と「自立」の二つの要素を持つ集団を属州と位置づけ、誰とやるか(人事)、誰のためにやるか(対象顧客の選択)、どのようにやるか(予算)といったさまざまな決定を自分たちで行う集団として機能する仕組みを作ることを目指しています。
属州総督は誰か
属州を統括する属州総督は、ローマ共和政では元老院が、帝政ローマでは皇帝と元老院がそれぞれ任命する中央集権的なやり方をとっていました。アカデメイアでも現在は中心となる人物に決定権限を委ねる中央集権的なやり方をとっていますが、将来はよりフラットな仕組み、つまり属州の構成員が属州総督を決定して運営していくやり方に移行したいと考えています。
プロジェクトを動かしていく上では、技術的な課題を解決するためのエンジニアリング、顧客や市場のニーズを汲み取るセールスやマーケティング、様々なリソースを調整して効果的に活用していくマネジメントやサポートといった様々な役割があります。属州総督はこうした役割のいずれかを担いながら属州全体の進むべき方向を考えるわけですが、中央集権的に決定した誰かに従うというよりも構成員が自律的に決定して行くほうがよいのではないかと考えています。つまり属州総督は会社の意を汲んで属州をまとめていく存在ではなく、属州全体を最適な状態に調整してリードしていくための役割分担の一つであると位置づける発想です。
このように考えると、属州総督はプロジェクトの状態にあわせて適した人物に任せるとか、執政官のように2名体制にするとか、あるいは合議制として属州総督を置かないとか、極端な例としてはくじ引きで決定するとか、ともかく属州ごとに様々な自律のスタイルを採用することも可能になります。日本では会社法の規定上、株式会社には必ず代表取締役を置く必要があり、選任の手続きが厳格に定められていますが、社内制度にはこうした制約はあてはまらないためどのように設計しようと問題はありません。意思決定のプロセスが明確であり、かつ業務をスムーズに遂行できる限り、各々が自律的に決定していく仕組みを志向しています。
自由度
アカデメイアでは経営と従業員という構図、つまり従業員は経営の指揮命令に従って仕事を行うというやり方を好みません。仕事とは誰かからやれと言われてするものではなく、自分たちがやりたいと思うこと、この人達の力になりたいと思う相手、技術的にチャレンジしてみたいと思う領域、自分たちがやりたいと思えることを仕事として収益をあげるためにはどうすればいいのか?こうしたことを試行錯誤し続ける中で形にしていくものだと考えます。
属州も同様に構成員に強い縛りを持たせることは考えていません。他の属州がやろうとしていることに手を上げることもできるし、まだ誰もやっていない領域に新しい属州を作ることにも挑戦できる、つまり可能な限り個人の意志、意欲を形にする支援をしていけるような組織を目指しています。もっともプロジェクトに参加できる人数には限りがありますから、複数人が希望する場合には誰に参加してもらうかを調整する必要はあります。こうした調整と意思決定が属州総督の役割の一つであると考えます。
事業部制やカンパニー制との比較
ここまで属州制に期待することを書いてきましたが、次に様々な企業で採用されている組織構造との比較について書いてみます。まずは事業部制、カンパニー制との比較です。
事業部制は日本の多くの企業で採用されていますが、特徴としては専門や事業領域ごとに分類された上意下達の組織構造であることが挙げられます。これに対してカンパニー制は、事業部制よりも大きな権限を移譲して自由度を高めた仕組みであり、あたかも一つの会社の中に異なる複数の会社が存在しているかのような組織構造が特徴です。
それぞれの違いについて表にまとめると次のようになります。
制度 | 指揮命令系統 | 区分 | 自由度 | 独立採算 | 所属意識 | 権限 | 他部署との関わり |
---|---|---|---|---|---|---|---|
事業部制 | 会社の上意下達に従う | 事業領域 | 自由度は低い | 基本的に独立採算ではない | 強い所属意識 | 経営陣の意向に左右される | 対等な立場なので社内政治が必要 |
カンパニー制 | カンパニー内の上意下達に従う | 事業領域 | カンパニー単位での自由度は高いがカンパニー内の自由度は低い | 強い独立採算 | とても強い所属意識 | カンパニー外からは自律しているが、カンパニー内は経営陣の意向に左右される | カンパニーが違うともはや別会社 |
属州制 | フラットな関係 | 専門性と志向性 | 属州・個人ともに自由度は高い | 緩やかな独立採算 | 緩やかな所属意識 | 自分たちのことは自分たちで決める強い自律 | 属州・個人で連携する共同体 |
ティール組織、ホラクラシー
属州制(あるいは経営共和制)に近いものとして、ここ数年話題になっているティール組織やホラクラシーといったものがあります。フラット、自律性、自由度、各々が決定権を持つ…等々、非常に我々と近いものを感じるのですが近すぎるゆえに深く踏み込むことをためらっています。参考にするのはいいのだけれど、誰かの丸パクリみたいになるのは嫌だなぁ…といったところでしょうか。
いくつか書籍が出ているので参考までにご紹介します。
・ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現
・HOLACRACY(ホラクラシー) 役職をなくし生産性を上げるまったく新しい組織マネジメント
まとめ
今回は前後編に分けて属州の歴史と当社における属州制導入の試みについて書いてみました。
属州はローマの発展を支える一方で共和政から帝政へと統治機構が変わる遠因となっており、属州制の制度設計によっては経営共和制に大きな影響が出てくると思われます。
まだまだ小さな組織の小さな試みを行っているような段階ですが、属州制が社会に価値を生み出す原動力となることを目指して試行錯誤を繰り返していきたいと考えています。