ありふれた元素で「磁場を漏らさないハーフメタル」を実現へ ― 計算科学が設計した鉄・クロム硫化物で磁気特性の制御に成功 ―
2026年8月4日
報道関係各位
株式会社アカデメイア
ありふれた元素で「磁場を漏らさないハーフメタル」を実現へ
― スピンをそろえて電流を流す「ハーフメタル」を、計算科学が設計した鉄・クロム硫化物で実現 ―
【発表のポイント】
- 鉄・クロム・硫黄というありふれた元素だけからなる磁性化合物 (Cr,Fe)7S8(ピロータイト型構造※1)を、焼結・急冷温度の最適化により、不純物のない単相で合成することに成功しました。
- 急冷温度によって結晶中の原子空孔の規則度が変わり、磁化がゼロになる温度(磁化補償温度※2)を約90 Kから約200 Kの範囲で制御できることを実証しました。5 Kでは38 kOe(3.8テスラ相当)の巨大な保磁力※3も観測されました。
- 当社の赤井久純(大阪大学名誉教授)が開発した第一原理計算プログラム「AkaiKKR」※4による解析から、本物質が「ハーフメタル型電子状態」(片方のスピンの電子だけが電気を流す電子状態)を持つことが示唆されました。磁化ゼロと完全スピン偏極を両立する、次世代スピントロニクス材料の有力候補です。
【概要】
株式会社アカデメイア(本社:千葉県柏市、代表者:十五寛)は、東北大学金属材料研究所の梅津理恵教授を中心とする研究グループ(東北大学、島根大学、九州大学、海洋研究開発機構、大阪大学、産業技術総合研究所、当社)の一員として、鉄・クロム硫化物 (Cr,Fe)7S8 の単相合成に成功し、熱処理条件によって磁気特性を制御できることを実証しました。本物質は、当社の赤井久純らが2006年に理論予測した「ハーフメタル型完全補償フェリ磁性体」(磁化がゼロでありながら、スピンの偏った電流を流せる磁性体)の有力候補であり、理論予測から20年を経て材料化への道筋が示されたことになります。本成果は2026年8月4日、国際学術誌「Small」(Wiley)にオンライン掲載されます。
【研究の背景】
スピントロニクス(電子の電荷とスピンの両方を利用する電子技術)では、磁気メモリの高密度化に伴い、素子から漏れ出す磁場による干渉が課題となっています。正味の磁化がゼロで、かつ電流のスピンが片方に偏った材料が理想ですが、磁化ゼロの代表格である反強磁性体ではスピンの偏りも失われるため、両立は容易ではありません。この矛盾を解く概念が、1995年に理論提唱された「ハーフメタル型完全補償フェリ磁性体」です[1]。当社の赤井久純らは、AkaiKKRを用いた電子状態計算に基づいてその実現可能性と物質設計指針を提唱し[2,3]、2022年には本研究グループが鉄・クロム硫化物での磁化補償を実験的に実証しました[4]。残る課題は、不純物のない単相試料を得る製造プロセスの確立でした。
【研究の内容】
研究グループは、組成 Cr23Fe23S54 の試料を1023 Kから1423 Kまで5段階の温度で焼結・急冷し、結晶構造と磁気特性を系統的に調べました。その結果、①1323 K以上からの急冷で不純物相の析出が完全に抑えられ単相試料が得られること、②本物質は原子空孔が規則配列した「ピロータイト型構造」(空間群C12/c1)をとり、急冷温度によって空孔の規則度を制御できること、③それに伴い磁化補償温度が約200 K(1323 K急冷)から約90 K(1423 K急冷)まで変化すること、④1323 K急冷試料は5 Kで38 kOeの巨大な保磁力を示すこと、を明らかにしました。
さらに、当社が担当した第一原理計算により、最も安定なフェリ磁性状態がハーフメタル型電子状態を持つことを示しました(図)。クロムと鉄がランダムに混ざり合い、空孔にも乱れを含む本物質の解析には、AkaiKKRが実装するコヒーレントポテンシャル近似(CPA)が本質的な役割を果たしています。
【今後の展開】
研究グループはすでに単結晶の育成にも成功しており、今後は磁気異方性やスピン輸送特性の評価を進めます。レアメタルを含まない安価な元素構成と、熱処理による特性制御の自由度を生かし、漏れ磁場のない次世代MRAM(磁気抵抗メモリ)をはじめとするスピントロニクスデバイスの基盤材料としての応用が期待されます。

図 第一原理計算プログラムAkaiKKRで求めた (Cr,Fe)7S8 の状態密度(電子がどのエネルギーにどれだけ存在するかを表す量)。(a) クロムと (b) 鉄の部分状態密度、(c) 全状態密度。各図の上半分が上向きスピン、下半分が下向きスピンの電子状態を表す。(a)(b) から、クロムと鉄の磁気モーメントが互いに逆を向いていることが分かる。(c) では、電子が詰まっている一番上のエネルギー(フェルミ準位 EF)で上向きスピンの状態密度がゼロに落ち込んでおり、この物質がハーフメタル型電子状態を持つことを示している。(論文Figure 8より)
【謝辞】
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(JP22H00287、JP26H02191)の支援を受けて実施され、計算には海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球シミュレータを利用しました。
【論文情報】
タイトル:Fully Compensated Ferrimagnetic Properties of (Cr,Fe)S Compound with a Pyrrhotite-type Structure
著者:Weida Yin, Masato Miyakawa, Satoshi Semboshi, Noriharu Yodoshi, Akira Masago, Yosuke Kawahito, Tetsuya Fukushima, Hisazumi Akai(当社), Rie Y. Umetsu(責任著者:東北大学金属材料研究所 教授)
掲載誌:Small(Wiley)
DOI:10.1002/smll.74603
公開日:2026年8月4日(オンライン公開)
【参考文献】
[1] H. van Leuken and R. A. de Groot, Phys. Rev. Lett. 74, 1171 (1995).
[2] H. Akai and M. Ogura, Phys. Rev. Lett. 97, 026401 (2006).
[3] N. H. Long, M. Ogura, and H. Akai, J. Phys.: Condens. Matter 21, 064241 (2009).
[4] S. Semboshi, R. Y. Umetsu, Y. Kawahito, and H. Akai, Sci. Rep. 12, 10687 (2022).
【用語解説】
※1 ピロータイト型構造
天然の磁硫鉄鉱(Fe7S8)と同型の結晶構造。NiAs型構造を基本とし、金属原子の層に1層おきに原子空孔(原子の欠けた席)が規則的に並ぶ。
※2 磁化補償温度
大きさの異なる磁気モーメントが互いに逆向きに並んだ磁性体(フェリ磁性体)において、2つの副格子の磁化がちょうど打ち消し合い、物質全体の磁化がゼロになる温度。
※3 保磁力
磁化の向きを反転させるのに必要な磁場の大きさで、記録された磁気情報の消えにくさの指標。38 kOeは実用永久磁石でも最高水準に相当する極めて大きな値。
※4 AkaiKKR
KKRグリーン関数法に基づく第一原理計算プログラム。合金のような「乱れた」物質を精度よく扱えるコヒーレントポテンシャル近似(CPA)を特長とし、国内外の研究機関で広く利用されている。
【会社概要】
社名:株式会社アカデメイア
本店所在地:千葉県柏市若柴178-4 柏の葉キャンパス148街区2 KOIL6階
代表者:十五寛
設立:2015年10月
事業内容:
・産業技術や学術に関する研究
・調査の受託およびコンサルティング
・研究者の育成や能力開発に関する教育、研修
・情報システムやソフトウェアの研究、開発
・インターネットを利用した情報提供サービス
URL:https://www.academeia15.co.jp/