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投稿日:2021/05/24

二次元物質の物理 – 網羅的探索における最近の展開

1. はじめに

2004年にGeimとNovoselovがグラフェンを発見した[^1]ことにより、二次元物質が大きく注目を集め始めました。グラフェン発見の際には、剥離法というセロテープでグラファイトの結晶を剥がすことを繰り返し1層にするという手法を用いています。2004年以前も1層のグラファイトの研究は理論的にされてはいましたが、実際に物質を発見したのはこの時が初めてです。その時の功績から、彼らは2010年にノーベル物理学賞を受賞しました。グラフェンは対称性の高さや電子が二次元平面に閉じ込められているという特徴から、三次元物質であるグラファイトとは異なる性質を示します。例えばグラフェンの電子の移動度は、実験環境によって差はあるものの15,000cm2V-1s-1という値を示します。グラファイトの電子の移動度は10,000cm2V-1s-1ですので、グラフェンの方が高い値となっています。
近年はMoS2のようなニカルコゲン物質やフォスフォレン、シリセンなど、二次元物質の研究対象はさらに広がっています。このような中で、二次元物質を網羅的に調べ、望みの物性を得る試みが盛んになりつつあります。本稿ではこれらの取り組みのうち、磁性、ラマンスペクトル、表面化学反応に焦点を当てて皆さんに紹介します。

[^1]: K. S. Novoselov et al., “Electric field effect in atomically thin carbon films.” Science, 306, 666−669, (2004).

2. 磁性をもつ二次元物質

磁性を持つ材料はメモリ、スピントロニクスデバイス、磁気センサなど、さまざまな応用が見込まれています。しかし、磁性をもつ二次元物質が存在するかは物理学者の間でも確信がもてませんでした。ところが、2017年に米国立バークレー研究所がクロム-ゲルマニウム-テルル化合物の二次元薄膜が強磁性を有することを発見したことで、磁性をもつ二次元物質に注目が集まりました。
そのような流れを受けて、Huangらは強磁性や反強磁性を持つ二次元物質を網羅的に調べました。彼らはまず、実験で得られた結晶用データベースであるICSDとCODに登録されている三次元物質から、ファンデアワールス力で層間が弱く結合している108,423種類の物質を選びました。そして、図に示す手順に従って安定な二次元物質を抜き出しました。ユニットセルを3x3x3に並べたスーパーセルを作成し、原子間隔が近いところをボンドで結合し、ボンドが切れているところで二次元物質を抜き出しています。
抜き出した二次元物質の中には、強磁性や反強磁性を持つ物質があることがわかりました。これらの物質は計算による提案となっており、実験等による検証が待たれています。結果はクラウドプラットフォームのAiiDA(http://www.aiida.net/) で見ることができます。

Huang et al.

[^2]: B. Huang et al., “Layer-dependent ferromagnetism in a van der Waals crystal down to the monolayer limit”, Nature volume 546, 270–273(2017)

[^3]: M. Nicolas et al., “Two-dimensional materials from high-throughput computational exfoliation of experimentally known compounds”, Nature Nanotechnology, 13, 246-252, (2018).

3. ラマンスペクトル

デンマーク工科大学のTaghzadehらは、第一原理計算ソフトのGPAWと3次の摂動論を用いて、700種類もの二次元物質のラマンスペクトルのデータベースを作りました。これはComputational 2D Materials Database (C2DB) (https://cmr.fysik.dtu.dk/c2db/c2db.html) にまとめられています。図に示すように、実験と比べラマンスペクトルのピークの位置がよく合っています。
また、彼らは与えられたラマンスペクトルから組成を当てる逆推定も可能であることを述べています。計算と実験のラマンスペクトルの差のノルムをユークリッド距離として定義し、実験で得られたMoS2とWTe2のラマンスペクトルに対してユークリッド距離を計算したところ、目的の物質で最小値を取ることを確かめています。

A. Taghizadeh et al.

[^4]: A. Taghizadeh et al., “A library of ab initio Raman spectra for automated identification of 2D materials”, Nature Communications, 11, 3011, (2020).

4. 表面化学反応

こちらは原子スケールの厚さの二次元物質ではなく擬二次元系である表面となるのですが、表面化学反応も網羅的に調べられています。身近なところでの表面化学反応としては、例えば排気ガス浄化触媒、石油精製触媒、脱硫触媒などの自動車触媒が挙げられます。反応物が固体表面(触媒)に近づくことで、固体表面がないときよりも低いエネルギーで反応が進みます。しかし、触媒の機能を高めるためにどの固体表面を使えば良いかを実験や計算で調べるには時間や手間がかかります。その手間を軽減するための調査用ツールとして、catalysis-hubが挙げられます。
catalysis-hubには表面化学反応の計算結果がデータベースにまとめられています。計算結果を得る際に用いられた第一原理計算ソフトはQuantum Espresso, VASP, GPAWです。また、汎関数には吸着反応で良いとされているBEEF-vdWが用いられています。https://www.catalysis-hub.org にアクセスすれば、データベースから化学反応の計算結果を調べることができます。例えば、生成物に「CH3CHO*」 (*は表面に吸着していることを示す)、Surfaceに「Ru」と入力すると、該当する表面反応と、反応エネルギー、生成エネルギー等が出力されます。

K. T. Winther et al.

[^5]: K. T. Winther et al., “Catalysis-Hub.org, an open electronic structure database for surface reactions”, Scientific Data, 6, 1-10, (2019).

5. 終わりに

ここまで二次元物質を網羅的に調べる研究を見てきました。これらの知見を用いたり、機械学習を併用することによって、開発の効率を上げながら新物質の探索することが可能になるかもしれません。


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