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投稿日:2021/06/03

品質の観点から新幹線を評価する

世の中のニュースというのは大抵何らかの事件やイベント、いわゆる何の変哲もない日常から少しはみ出した変化に主眼が置かれるものだ。
ブログ記事のネタとしてもより新鮮な事柄や日常からの変化について取り上げることが多いのではないかと思う。
しかし、驚異的なレベルやクオリティを以て存在しているものは往々にしてなかなか気づかない「日常」に潜んでいるものだ。
例を挙げればキリがないが、本稿では開業以降はだんだんニュースから離れていく「新幹線」を取り上げてみる。
職業柄「システム」という言葉から連想して超高度な運用が「毎日」なされておりながら、すっかり日常に溶け込んでいるものとして頭に浮かんだ。
この「システム」という側面から見た場合、新幹線は日本どころか世界でもトップクラスの部類に入る。
ソフトウェア品質でよく取り上げられる指標から考察してみる。

<機能性>

言わずもがな、おおよそ200km/h~300km/hの速度レンジで移動する国内陸上交通システムは他に存在しない。
陸上を高速で移動し、目的地に短時間で到達できるという速達性の点において機能不備は一切見当たらない。

<信頼性>

開業以来、半世紀以上の長期間に渡り、社内乗客が死亡する列車事故を一度も起こしていない。
極端に言えば、超巨大システムにも関わらず運用開始からの大規模障害件数はゼロ件ということだ。
(もちろん乗客の行動に起因する事案は起きているが、個人的には不可抗力と捉えて良いと考える。)
この間、夜間メンテナンスを含めれば無休で稼働し続けているにも等しい。
なおかつ、東海道新幹線に関しては高速鉄道にも関わらず運転本数は大都市圏内の過密ダイヤと大して変わらない。
もちろん大規模自然災害の被害を受けたことはありながらも、驚異的とも言える迅速な復旧を遂げており、リカバリー力まで随一だ。
高速でありながらも時間に正確であることも有名であり、駅通過の時刻さえ秒単位で管理されている。
もちろん駅での乗降時間等は日々のケースによってぶれるため、実際のところは局所的に遅延が発生する。
しかし、日常的な遅延の範疇であれば走行中の速度制御によってリカバリーしており、定時運行を確保できるバッファをきちんと持っているということだ。
他にも小規模のトラブルであれば、乗客には分からないが走行中で解決されている。
これは、しっかりした運用マニュアルの存在とオペレータ(乗務員その他)の十分な訓練があり、一連の監視システムとの連携に隙が見当たらないということの証明だ。
当たり前のように運用し続けているが、これは十分に奇跡的な実績であると言って良い。

<使用性>

ネット予約やチケットレスサービスを有しており、特に煩雑な手続きは必要ない。
普通に通勤電車に乗るのとさほど変わらず、不便だと感じることはまずない。
(自由席の場合は予約も不要なのでさらにシンプル)
案内表示やアナウンスはつつがなく分かりやすく「今からちょっと新幹線乗ってくるわ」でお手軽に乗車できる。

<効率性>

信頼性でも少し触れているが、地域差はあるものの十分な運転本数と編成が確保されている。
より多くの人が安全に高速に移動できる交通システムとして、新幹線に勝るものは存在しないと言えるだろう。
これは専用軌道であるというところも大きく、レールを通過する全列車が高速運行を前提としてダイヤが組まれている。
通常、ダイヤというものは大都市通勤圏でも平日、休日の区分と少々の臨時列車の増発程度の差分である。
しかし、例えば東海道新幹線に限っていえば1列車の運行日がかなり細かく設定されている。
もちろん毎日運行する列車もあるが、大げさに言ってしまえばその日にとって最適なものになるように工夫が凝らされている。
見方を変えると単なる本数増加のみならず、毎日の変化に柔軟に対応できるシステムになっているということだ。

<保守性>

メンテナンスは本システムの要であり、車両やレールを始めとしてシステムをとりまくあらゆるモノが日々チェックされている。
特にレールや架線等の走行基盤といえるものについて専用の検測車が存在し、データに基づいた厳密な検査が行われている。
そのため作業負荷・コストが少ないとは言えないものの、洗練された手順の元に確実な保守が実施されているという事実に変わりはない。
本システムの保守業務は、運営する企業の技術とプライドをかけた結集であると言っても良い。

<移植性>

技術的なフレームワークは既に完成の域に達している。
さらにスピード向上、新規車両導入、無線LAN等新たなサービス導入といったバージョンアップは定期的に実施されている。
新幹線は定常的に進化し続けるシステムであり、それが可能であるということだ。

国内のメジャーなシステム運用において、残念ながらしばしば大規模障害発生というニュースが飛び込んでくる。
しかし、大勢のステークホルダーが欠けることなく本気で事業に取り組めば、このような世界トップクラスのシステムが国内にも存在し得るということだ。
よく日本はシステム開発/運用において。世界レベルの基準からはその低さが指摘される。
だが、それは何かしらのネガティブな背景に起因するものであって、絶対的な能力不足ということではない。
本稿はその裏付け的な内容とも言える。
なお、ここまで持ち上げておきながら不自然に思われるかもしれないが、筆者は鉄道ファンでありながら極めて個人的な理由で新幹線は大嫌いである。
それでも客観的な目線から見ればとにかく凄いと認めざるを得ないのだから仕方がない。